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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)126号 判決 1998年11月10日

東京都台東区台東1丁目5番1号

原告

凸版印刷株式会社

代表者代表取締役

藤田弘道

訴訟代理人弁護士

安田有三

小南明也

弁理士 秋元輝雄

東京都新宿区市谷加賀町1丁目1番1号

被告

大日本印刷株式会社

代表者代表取締役

北島義俊

訴訟代理人弁護士

赤尾直人

弁理士 内田亘彦

蛭川昌信

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成7年審判第19041号事件について平成8年5月21日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「液体紙容器」とする登録第2055319号実用新案(昭和61年11月28日出願、平成5年7月20日出願公告、平成7年3月20日設定登録。以下「本件登録実用新案」という。)の実用新案登録権者である。

被告は、平成7年8月28日、本件登録実用新案の登録を無効とすることについて審判を請求をした。

特許庁は、この請求を同年審判第19041号事件として審理した結果、平成8年5月21日、本件登録実用新案の登録を無効とする旨の審決をし、その謄本は、同月29日原告に送達された。

2  本件登録実用新案の要旨

プラスチックフィルム層/少なくとも片面に珪素酸化物の薄膜層を有するプラスチックフィルム層/紙層/プラスチックフィルム層の積層体を主体とする積層構成のマイクロ波を透過するブランクシートより製函してなることを特徴とする液体紙容器。

3  審決の理由

審決の理由は、別紙審決書写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであり(ただし、審決書8頁3行、4行の「実開昭61-242841号マイクロフィルム」は「特開昭61-242841号」の誤記である。)、本件登録実用新案は、ガスバリヤー層を備えた、周知の従来の液体紙容器を前提技術として、引用例1に記載された考案に基づき、引用例2に記載された事項等の周知事項を参酌することによって、当業者が極めて容易に考案することができたものであると判断した。

4  審決の認否

審決書2頁2行ないし3頁11行(当事者双方の主張等)は認める。

本件登録実用新案の要旨(審決書3頁16行ないし5頁19行)のうち、5頁6行「本件登録実用」から14行までは争い、その余は認める。

特開昭59-62143号公報(引用例1)に記載された考案(同6頁2行ないし9行)は、認める。

相違点についての考察(同6頁11行ないし9頁5行)のうち、「引用例1には、液体包装箱にこれを適用するときも効果的である旨の特段の記載はないが、ハイレトルトに相当する条件下でもきわめて高いガスバリヤ性を有することが記載されており(第3頁上段左欄「本発明における一酸化ケイ素を蒸着もしくはスパッタリングして得られる薄膜(B)は、・・・・ハイトレルトに相当するガスバリヤ性を示す。」の記載参照)」(同6頁11行ないし18行)、「ところで、各種のレトルト食品包装容器において、十分なガスバリヤ性を確保するためにアルミ箔をガスバリヤ層として積層したものは、例示するまでもなく従来周知であり、この種のものは、アルミ箔が導電性を有するために電磁波の照射による加熱に供するには不向きであることは、当業者の常識である。」こと(同7頁8行ないし14行)、及び「現に導電性を有しないガスバリヤ層を採用して、その容器を電磁波の照射による加熱に供することが、同証拠方法として提出された米国特許第4393088号明細書に記載されており、このことは従来周知のことである(外に必要なら、昭和61年10月29日に頒布された特開昭61-242841号参照。以下これらを「引用例2」という。)。」(同7頁18行ないし8頁5行)は、認め、その余は争う。

まとめ(同9頁7行ないし17行)は争う。

5  審決の取消事由

審決は、本件登録実用新案が新規な課題を設定してそれを解決したことを看過したため、進歩性の判断を誤り(取消事由1)、構成の容易性の点についても、その判断を誤り(取消事由2)、さらに、請求人の申し立てない理由について審理したにもかかわらず、その審理結果を当事者に通知し、意見を述べる機会を与えないまま審決をした手続上の違法がある(取消事由3)から、違法なものとして取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(新たな課題の設定に基づく進歩性)

審決は、本件登録実用新案がブランクシートより製函してなる保存用液体紙容器をそのまま電子レンジで照射し、内容物を加熱しようという新規な課題を設定してそれを実現した点を看過したため、本件登録実用新案の進歩性の判断を誤ったものである。

<1> 電子レンジによる調理においては、「内容物を陶磁器製の容器に移しかえてからクッキングを行わなければならないとうい不便さ」(引用例2-2(甲第4号証)2頁左上欄1行ないし3行)が指摘されているが、ここでは、他の容器に移しかえることが不便である固形物のような食材がその対象とされているものである。逆にいえば、酒、スープ等の液体については、内容物を他の容器に移しかえることは極めて簡単であるから、液体を他の容器に移しかえないで加熱するという課題は、存在しなかったものである。

<2> 審決は、本件登録実用新案の出願当時に、単に電子レンジで照射できるプラスチック容器(引用例2-1。乙第1号証)、積層体容器(引用例2-2。甲第4号証)が存在したことをもって、本件登録実用新案が解決しようとした新規な課題設定を無視したものである。

(2)  取消事由2(構成の困難性)

審決は、「上記相違点は、引用例1に記載された考案に基づき、引用例2に記載された事項等の前記周知事項を参酌することによって当業者がきわめて容易に変更し得たところであるということができる」(審決書9頁1行ないし5行)と判断するが、誤りである。

<1> 引用例1に記載された発明の一体性

(a) 引用例1(甲第3号証)に記載された発明は、プラスチックフィルム上に、酸化珪素蒸着層を設け、その上にアルミニウム、スズなどの金属層を設け、さらに、その上にカルボキシル基含有ポリオレフィンを含むポリオレフィン層を積層し、透明性とバリヤ性を維持するシートであって、このシートにおいて、金属層は一体不可欠なものである。この点は、金属層を採用せず、酸化珪素蒸着層だけを設けたフィルム(比較例1)は剥離強度(接着力)が弱く、使用できないと明記されていること(甲第3号証4頁左下欄8行ないし11行)からも明らかである。

したがって、金属層を不可欠とする引用例1の積層シートから酸化珪素蒸着層のみを抜き出し、金属層を使用しない本件登録実用新案に対する引用例とすることは、誤りである。

(b) 本件登録実用新案は、紙容器のまま電子レンジによる内容物の加熱を可能にし、従来の紙容器と同等のバリヤ性を保持するという2つの課題を解決するために、マイクロ波透過性、バリヤ性の双方を有する多数の包装用材料の中から、電子レンジ加熱に適した素材であるとの認識のなかった酸化珪素薄膜層を有するプラスチックフィルム層を選択し、これとともに剛性を有する紙層を使用したものである。

引用例2-1(乙第1号証)及び引用例2-2(甲第4号証)には、マイクロ波透過性を有する材料が多数例示されているにもかかわらず、珪素酸化物薄膜層を積層したプラスチックフィルムは記載されていないことは、珪素酸化物が電子レンジ加熱に適した素材であるとの認識がなかったことを端的に示すものである。

<2> 剥離の問題の解決

プラスチックフィルムに積層した珪素酸化物薄膜層の選択は、次の点からも困難だったものである。

すなわち、プラスチックフィルムに積層した珪素酸化物薄膜層は、これを電子レンジによる熱処理を施すと、フィルムと薄膜層の境界面に剥離を生じ、このため電子レンジ等の加熱殺菌には適さないと認識されていた(乙第7号証2欄1行ないし4行。なお、乙第7号証の上記部分には、「フィルムと蒸着金属との境界面の剥離を生じ」と記載されているが、「蒸着金属」とは、金属、金属酸化物、珪素酸化物を意味するものである。)。

本件登録実用新案は、この剥離の問題を、剛性を有する積層された紙層にプラスチックフィルム(内側)及び珪素酸化物薄膜層を有するプラスチックフィルムを接着固定するという構成により、その収縮を抑制して解決したものである。なお、上記接着のための接着層は、本件登録実用新案の構成要件には記載されていないが、接着層が必要であることは当業者には自明なことである。さらに、本件明細書には、本件登録実南新案の容器は内容物として液体を入れたまま電子レンジで加熱することが可能である旨記載されているが、剥離が生ずるとすれば、加熱した液体を内部に封入することは困難であるから、本件登録実用新案では上記問題点を解決したことが当然の前提となっており、剥離防止の点は本件明細書に記載されているに等しいものである。

(3)  取消事由3(特許法153条2項違反)

審決には、請求人の申し立てない理由について審理したにもかかわらず、その審理結果を当事者に通知し、相当の期間を指定した上意見を述べる機会を与えなければならないのに、これをしないまま審決をした違法がある。

すなわち、審決は、本件登録実用新案と引用例1を直接対比するのではなく、実開昭59-150711号マイクロフィルム、特開昭60-2436号公報、実開昭61-132223号マイクロフィルムを従来の液体容器として主たる引用例として引用した上、それらと引用例1等とを組み合わせて本件登録実用新案の進歩性を否定している。

しかるに、無効審判請求人である被告は、審決の引用している「従来の液体容器」については全く主張していないし、証拠としても、実開昭59-150711号マイクロフィルム等を挙げていなかったものである。

したがって、審判長は、請求人の申し立てない理由について審理したものであるから、その審理結果を当事者に通知し、相当の期間を指定した上意見を述べる機会を与えなければならなかったものである(実用新案法41条、特許法153条2項)。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  認否

請求の原因1ないし3は認め、同5は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1(新規な課題設定に基づく進歩性)について

<1> 原告は、課題の新規性を根拠に本件登録実用新案の進歩性を主張するが、考案の進歩性は、当該考案の構成が公知技術の組合せからは極めて容易に想到し得ないか、又はたとえ容易に想到し得るとしても、作用効果が公知技術から予測し得ない程度であることを論証することによって初めて是認されるのであって、課題自体は、単に当該考案の目指す技術内容にすぎず、進歩性の判断の対象たり得ないものである。

<2> 仮に、課題自体の新規性により発明の進歩性が認められることがあるとしても、引用例2-1(乙第1号証)及び引用例2-2(甲第4号証)にはバリヤ性及びマイクロ波透過性の双方を実現することが開示されており、本件登録実用新案の出願当時、本件登録実用新案における発想、課題は知られていたというべきである。

(2)  取消事由2(構成の困難性)について

<1>(a) 本件登録実用新案の基本的技術思想は、珪素酸化物の薄膜層を有するプラスチックフィルム層を中間に包含する積層体を主体とする積層構成によって、バリヤ性を確保するだけでなく、マイクロ波透過を可能とし、これによって電子レンジ加熱を実現する点にある。

(b) 引用例1(甲第3号証)には、ガスバリヤ性及び透過性を改善する積層部の具体例として、「PET/接着剤/SiO薄層/エチレン-酢酸ビニル共重合体ケン化物フィルム/金属薄層/変性PO/(PO)」(3頁右下欄14行ないし4頁左上欄3行)との構成を開示しており、「紙もしくは合成紙を積層して使用することもできる。」(5頁左下欄3行ないし7行)と記載され、さらに、実施例2に対する比較例1として、金属薄膜を使用しない例が記載されているが(4頁左下欄8行ないし11行)、その構成は、プラスチックフィルム層/紙層/片面に珪素酸化物の薄膜を有するプラスチックフィルム層/プラスチックフィルム層(ポリオレフィン層)による積層というものである(この構成は、本件登録実用新案の構成である。)。

そして、引用例1の実施例1における表1(同4頁右上欄)では、Sio蒸着膜の厚みが0ないし2200Aの範囲で増加した場合、ガスバリヤ性が82ないし1ml/m2・1気圧・24時間・25℃の範囲で増加することが記載されており、SiO蒸着膜がガスバリヤ性を有している点を明らかにしている。

従来技術たるアルミ箔によるガスバリヤ層を備えた紙バックは周知であるが、この周知技術におけるアルミ箔と、引用例1のSiO蒸着膜又はスパッタリング積層膜は、共にガスバリヤ性を得るために使用されているものであるから、アルミ箔に代えて、SiO蒸着膜又はスパッタリングによる積層膜を使用することは、当業者が必要に応じてなし得る置換事項であり、かつ、引用例1の積層シートを特に液体容器に使用することには、何らの困難性が存在しない以上、この点の審決の認定は正しいものである。

(c) なお、引用例1には、マイクロ波透過性については記載されていないが、酸化珪素等の絶縁体がマイクロ波を透過することは、当業者にとって技術常識に該当するものである(乙第8、第9号証参照)。

<2>(a) 原告は、引用例2-1(乙第1号証)及び引用例2-2(甲第4号証)には、マイクロ波透過性を有する材料として珪素酸化物薄膜層を積層したプラスチックフィルムは記載されていない旨主張するが、引用例2-1には、マイクロ波透過性を有する物質としてガラスが挙げられているところ(訳文1頁8行)、ガラスには、酸化珪素からなるもの、又はこれを成分とするものが存在する以上、引用例2-1は酸化珪素がマイクロ波透過性を有することを証明しているものである。同様に、引用例2-2は、マイクロ波透過性を有することを特徴とする多層容器(特許請求の範囲第1項参照)に関する発明を開示しており、このような層を構成する素材としてガラスビーズ、ガラス繊維のほかに雲母を採用しているが(2頁左下欄10行、11行)、雲母は酸化珪素の特殊な結晶構造によって形成されたものであるから(乙第10号証参照)、引用例2-2は、珪素酸化物がマイクロ波透過性を有することを開示しているものである。

(b) 原告は、剛性を有する積層された紙層にプラスチックフィルム(内側)及び珪素酸化物薄膜層を有するプラスチックフィルムを接着固定するという構成により、その収縮を抑制し、剥離の問題を解決したものである旨主張する。

しかしながら、たとえ珪素酸化物薄膜層とプラスチックフィルム層との間において、剥離が生じても、決してその容器が電子レンジ内において加熱した液体を封入することが不可能であることを意味するものではないから、液体の入った容器を電子レンジで加熱できるとの本件明細書中の記載は剥離防止ができたことを意味するわけではない。したがって、剥離防止の効果は、本件明細書に記載されていないものであり、そのような本件明細書に記載されていない効果を本件登録実用新案の進歩性の根拠として主張することはできない。

仮に、そのような効果が本件明細書に記載されているとしても、引用例1(甲第3号証)には、「場合によっては包装材料として、いわゆる“腰”のあることが要求されることがあり、紙もしくは合成紙を積層して使用することもできる。」(5頁左下欄4行ないし7行)と記載されており、紙層が“腰”を有すること、すなわち剛性を有することによって積層構造が簡単に崩れず、ひいては剥離防止の効果を生ずることを既に開示又は示唆しているものである。

(3)  取消事由3(特許法153条2項違反)について

本件の無効審判請求書(甲第9号証)に、「本件実用新案の基本的技術思想は、構成要件C記載の液体紙容器において、ポリエチレン層、ポリエチレンテレフタレート層、アルミ箔層、紙層、ポリエチレン層による従来技術に代えて、構成要件Aのように、少なくとも片面に珪素酸化物の薄膜層を有するプラスチックフィルム層を中間に包含する積層体を主体とする積層構成によって、バリヤー性を確保するだけでなく、構成要件B記載のように、マイクロ波透過を可能とし、これによって電子レンジ加熱を実現する点に存する。」(3頁3行ないし10行)と記載されていることから明らかなように、無効審判請求人である被告は、従来の液体紙容器を本件登録実用新案の無効主張の根拠として主張しているものである。

なお、被告は、審判段階において、従来の液体紙容器の構成が周知であることを裏付ける証拠を提出していないが、これは、その点の周知性が立証の必要がないほどに、当業者の技術常識に属していたからにほかならない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件登録実用新案の要旨)及び同3(審決の理由の記載)については、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  本件登録実用新案について

甲第2号証によれば、本件明細書(実公平5-28190号公報。図面を含む。以下、同じ。)には、本件登録実用新案の[産業上の利用分野]、[従来技術]、[解決しようとする問題点]、[問題点を解決するための手段]、[作用]及び[効果]として、次のとおり記載されていることが認められる。

[産業上の利用分野]

「本考案は電子レンジでお酒等の液体を容器のまま加熱(お燗)できる液体紙容器に関する。」(1欄10行、11行)

[従来技術]

「近年、食生活の簡便化、個食化が進み、電子レンジの需要が急速に増加し、それに対応する食品の数も急増している。しかしながらお酒等のお燗のように液体の加温を要する紙パックの場合、内部にアルミ箔を使用しているのでお酒をお燗する際、一度他の容器に移し替える必要がある。このように内部にアルミ箔のある液体容器では通常7μ以上のアルミ箔を用いているのでマイクロ波は遮蔽され内容物をパックのまま加熱することは出来ない。即ちその材質構成は第2図の如きもので、容器の内側より外側に向かってポリエチレン層C、ポリエチレンテレフタレート(以下PETという。)層B、アルミ箔層A、紙層D、ポリエチレン層Cの順に積層した構成であり、アルミ箔層Aを容器のブランクシート中に積層するのはバリヤー性を要するからである。」(1欄13行ないし2欄3行)

[解決しようとする問題点]

「本考案は上記の問題点を解決しようとするものであり、高度のバリヤー性を有し、内容物を保護できるとともに、電子レンジでそのまま加熱(加温)できる液体紙容器を提供するものである。」(2欄5行ないし8行)

[問題点を解決するための手段]

「加熱を要するお酒等の液体紙容器の材質を改善することにより目的を達成することができた。即ち、本考案によれば、プラスチックフイルム層/少なくとも片面に珪素酸化物の薄膜層を有するプラスチックフイルム層/紙層/プラスチックフィルム層の積層体を主体とする積層構成のマイクロ波を透過するブランクシートにより製函して液体紙容器を形成することにより解決した。」(2欄10行ないし17行)

[作用]

「本考案においては、ブランクシート中にアルミ箔等のマイクロ波を遮蔽する物質を用いていないので、マイクロ波は容器を透過して内容物に達する。またブランクシート中に珪素酸化物の薄膜層を設けているのでアルミ箔を用いた従来の液体紙容器と同等のバリヤー性を有する。」(2欄19行ないし24行)

[効果]

「本考案は以上のような構成からなるので、パックのまま電子レンジで加熱ができ、アルミ箔を用いた従来の液体紙容器と同等のバリヤー性を有するのでお酒、スープ等の食品のパッケージとしてその適用範囲は極めて広い。」(4欄15行ないし19行)

(2)  取消事由2(構成の困難性)について

<1>  審決の理由中、「本件明細書の記載によると、本件登録実用新案は、アルミ箔によるガスバリヤ層を備えた紙パック(第2図に示すもの)を前提とし、この紙パックについて、これはアルミ箔によるガスバリヤ層のためたマイクロ波による加熱が不可能であるとの認識の下、これを電子レンジで直接加熱できるようにすることを解決課題とし、「ブランクシート中にアルミ箔等のマイクロ波を遮蔽する物質を用いていないので、マイクロ波は容器を透過して内容物に達する。または、ブランクシート中に珪素酸化物の薄膜層を設けているのでアルミ箔を用いた従来の液体紙容器と同等のバリヤーを有する。」という作用・効果を奏するものである(明細書の〔作用〕の項参照)ことが明らかである。そして、前提となった上記のアルミ箔によるガスバリヤ層を備えた紙パックは、酒パック等の液体容器において従来周知のものである(例えば実開昭59-150711号マイクロフィルム、特開昭60-2436号公報、実開昭61-132223号マイクロフィルム参照。以下これを「従来の液体容器」という)」こと(審決書4頁6行ないし5頁6行)、並びに「本件登録実用新案は従来の液体容器に対して、そのアルミ箔のガスバリヤ層を、プラスチックフィルムに溶着させた珪素酸化物の薄膜層に変更した点において相違し、その余の点においては一致しているものと認められる。」こと(同5頁15行ないし19行)は、当事者間に争いがない。

<2>(a)  そして、甲第3号証によれば、引用例1には、「プラスチックシート(A)、一酸化ケイ素を蒸着もしくはスパッタリングして形成した薄層(B)、金属を蒸着もしくはスパッタリングして形成した薄層(C)およびカルボキシル基含有ポリオレフィンを含むポリオレフィン層(D)を含む少なくとも4層からなる透明積層シートであり、ポリオレフィン層(D)は薄層(C)を介して積層されていることを特徴とするシート。」(特許請求の範囲第1項。以下「甲第3号証シート」という。)が記載され、甲第3号証シートに係る[技術分野]、[従来技術]、[課題]、[薄層(B)]、[薄層(C)]、[実施例]及び[効果]について、次のように記載されていることが認められる(一部は当事者間に争いがない。)。

[技術分野]

「本発明は新規な積層シートに関し、更に詳しくはプラスチックシート、カルボキシル基含有ポリオレフィンを含むポリオレフィン層、一酸化ケイ素および金属薄層を含む積層シートに関する。」(1頁右下欄7行ないし11行)

[従来技術]

「従来、各種素材の特性を生かすために異種の素材を複合して積層体とし、種々の要求特性に応えようとする研究が盛んに行われている。特に食品包装材については厳しい要求があり、例えば衛生性、防湿性、気体しゃ断性、紫外線しゃ断性、耐水性、耐薬品性、耐油性、耐寒性、耐熱性、耐老化性、耐ブロッキング性、熱接着性、熱成形性、透明性、着色適性、フレーバー保持性、強度、コスト、柔軟性などがあり、目的に応じた様々の機能が要求される。

これらの各種要求を単一の素材によって満たすことは困難なために、食品包装材においても各種素材を積層して用いられるのが一般的となってきている。・・・。

従来食品包装用積層体に用いる接着剤としては、・・・ポリウレタン系樹脂に変えてカルボキシル基含有ポリイレフィン系樹脂が一部に用いられるようになってきた。この変性ポリオレフィンはそれ自体が衛生性において問題が少ないと同時にポリオレフィン系樹脂、アルミニウム箔などへの接着性が良好であるため有用な材料である。しかしながら、この変性ポリオレフィンは、・・・エチレン-酢酸ビニル共重合体の加水分解物などに対する接着性が少なく、やはり素材の組み合わせに制限を受けるという問題が残っており、またアルミニウム箔を使用した積層体では包装用途に用いた場合内容物が見えないという問題があった。」(1頁右下欄12行ないし2頁右上欄12行)

[課題]

「本発明者等は上記のような現状に鑑み鋭意研究の結果、100A以下のアルミニウムまたはスズ薄層を介することによって、PETなどのプラスチック基材とカルボキシル基含有ポリオレフィンが実用上十分な接着強度で積層することができ、また透明であるという新規な知見を得ているが、実用的に多用されているPET、ナイロンなどのプラスチックシートを用いた積層シートにおいて接着の面では十分ではあっても、食品包装シートなどとして用いられる分野で重要視される水分、酸素などの気体透過に対するバリヤー性の面で十分とはいえず、酸素バリヤー性などが要求される用途の対しては、通常ポリ塩化ビニリデン、ポリビニルアルコール、エチレン-酢ビ共重合体のケン化物などの酸素バリヤー性をもったフィルムを積層する必要がある。

しかし、このような積層シートではコストの面で不利であり、また工業的にも加工工程が複雑化すると同時に選定するバリヤーフィルムの種類によっては接着剤を使用しないで積層することができないものもあり、本来の衛生性の改良という目的には矛盾する。

また、アルミニウムなどの金属を数100A蒸着すればバリヤー性の面では改善されるものの、透明性は全くなくなってしまうという欠点がある。

本発明者等は、透明性、バリヤー性および衛生性などの問題を解決するため研究の結果、プラスチックシート(A)、一酸化ケイ素を蒸着もしくはスパッタリングして形成した薄層(B)、金属を蒸着もしくはスパッタリングして形成した薄層(C)およびカルボキシル基含有ポリオレフィンを含むポリオレフィン層(D)を含む少なくとも4層からなる透明積層シートであり、ポリオレフィン層(D)は薄層(C)を介して積層したシートが上記目的に合致することを見い出し本発明を完成させた。」(2頁右上欄13行ないし右下欄10行)

[薄層(B)]

「本発明における一酸化ケイ素を蒸着もしくはスパッタリングして得られる薄層(B)は、自体透明であり、・・・約200Aの蒸着膜厚で十分な酸素ガスバリヤー性を示し、約600Aの蒸着膜厚でハイレトルトに相当するバリヤー性を示す。」(3頁左上欄3行ないし8行)

[薄層(C)]

「金属薄層(C)は100Aを超えると不透明となることから100A以下が好ましい。通常単分子層から50Aの厚さで十分である。」(3頁左上欄15行ないし17行)

[実施例]

実施例1ないし6(4頁左上欄5行ないし5頁左上欄11行)において、上記一酸化ケイ素を蒸着もしくはスパッタリングして得られる薄層(B)と上記金属薄層(C)とを含む甲第3号証シートのバリヤ性が具体的に記載され、特に、実施例1の表1(4頁右上欄)及び実施例6の表2(5頁左上欄)において、SiO薄層(B)の膜厚の増大に伴い、酸素ガスバリヤー性及び透湿度が向上することが記載されている。

[効果]

「本発明に係る積層シートは、具体的には・・・などの構成で透明な包装材として種々の目的に応じ、他の素材と組み合せ、複合材料として広汎な用途に使用される。

また、エチレン-酢酸ビニル共重合体ケン化物、ホパールなど、従来酸素ガスバリヤー性には優れているフィルムは、透湿度が大きいという欠点があった。この点、一酸化ケイ素薄層を設けることにより顕著に透湿度が改善され、例えば、PET/接着剤/SiO薄層/エチレン-酢酸ビニル共重合体ケン化物フィルム/金属薄層/変性PO/(PO)というような構成とすると、ガスバリヤー性および透湿度において満足すべき積層シートが得られる。」(3頁左下欄20行ないし4頁左上欄3行)

「本発明方法により得られた積層シートは、透明性があるという特徴を生かして使用することが好ましいが、場合によっては包装材料として、いわゆる“腰”のあることが要求されることがあり、紙もしくは合成紙を積層して使用することもできる。」(5頁左下欄3行ないし7行。昭和58年8月31日付け手続補正書による補正)

これらの記載によれば、甲第3号証シートにおいては、金属薄層(C)を薄層化し、透明性を保持したことにより生じるバリヤ性の低下が、所定膜厚のSiO薄層(B)の有するバリヤ性能により補完されているものであり、さらに、包装材料として“腰”、すなわち剛性が要求される場合、紙又は合成紙を積層して使用することができることが認められる。

(b)  さらに、甲第3号証によれば、引用例1には、「比較例1 実施例2に於いて、スズの蒸着を行わず一酸化ケイ素のみを蒸着して同様に試験したところ剥離強度は50g/15mm巾であった。」(4頁左下欄8行ないし11行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、引用例1には、剥離強度は実用に供し得ないほど低いが、金属薄層(C)全てをSiO薄層(B)に代えたシート(以下「比較例シート」という。)が記載されていることが認められる。

そして、弁論の全趣旨によれば、剥離強度は接着条件により適宜増強できることは技術常識であると認められるところ、上記の比較例シートの存在は、金属薄層を有しないSiO薄層(B)単独のものであっても、剥離強度が実用に供し得るに十分な程度に改善されれば、実用に供し得る積層シートを構成できることを示唆するものと認められる。これに反し、SiO薄層(B)を上記ブランクシートのバリヤ層として採用することができないと解すべき技術的根拠は、甲第3号証中に見いだすことはできない。

(c)  そうすると、引用例1には、金属薄層(C)を必須のものとする甲第3号証シートに加え、所望の特性、用途に応じ、その積層構造中の金属薄層(C)の一部又は全部をバリヤ性能を有するSiO薄層(B)で置換するという技術思想が実質的に開示されていると認められる。

(d)  ところで、引用例1には、所要のバリヤ性を有するSiO薄層(B)がマイクロ波透過性能を有するとの記載はないが、弁論の全趣旨によれば、導電性を有しない膜又は層がマイクロ波透過性能を有することは技術常識であり、また、SiO(一酸化珪素)が絶縁体であることは技術常識であると認められるから、SiO薄層(B)がマイクロ波透過性能を有することは、引用例1に接する当業者にとって自明のことであると認められる。

(e)  したがって、従来の液体容器のプラスチックフィルムに積層したアルミ箔によるガスバリヤ層に代えて、プラスチックフィルムに積層した酸化珪素の蒸着層を採用すること自体は、引用例1に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到し得たことである(審決書7頁1行ないし7行)旨の審決の判断、及び「従来の液体容器について、そのガスバリヤ層として、プラスチックフィルムに酸化珪素を蒸着ないしはスパッタリング溶着したものを用いるときは、その容器を電磁照射による加熱に供し得ることは、・・・当業者がきわめて容易に予想し得たことであると言うことができる。」(同8頁6行ないし14行)との審決の判断に誤りはなく、したがって、「上記相違点は、引用例1に記載された考案に基づき、引用例2に記載された事項等の前記周知事項を参酌することによって当業者がきわめて容易に変更し得たところであるということができる」(同9頁1行ないし5行)との審決の判断に誤りはないと認められる。

<3>(a)  原告は、引用例1に記載された発明においては、アルミニウム、スズなどの金属層を設けることが不可欠であるから、金属層を不可欠とする引用例1から酸化珪素蒸着層のみを抜き出し、金属層を使用しない本件登録実用新案に対する引用例とすることは誤りである旨主張する。

確かに、引用例1の特許請求の範囲に記載された発明は、原告主張のとおり、金属層を構成上必須とするものであるが、前記<2>に説示のとおり、引用例1には、アルミニウム、スズ等の金属の蒸着を行わず、珪素酸化物を蒸着させ、剛性を得るために紙層を積層したものが、所要のガスバリヤ性を有し、かつ、マイクロ波透過性を有するものとして開示されているものであるから、原告の上記主張は採用することができない。

(b)  さらに、原告は、プラスチックフィルムに積層した珪素酸化物薄膜層の選択が困難であったことは、これに電子レンジによる熱処理を施すと、フィルムと薄膜層の境界面に剥離を生じ、このため電子レンジ等の加熱殺菌には適さないと認識されていたものであり、本件登録実用新案は、この剥離の問題を、剛性を有する積層された紙層にプラスチックフィルム及び珪素酸化物薄膜を有するプラスチックフィルム層を接着固定する構成を採用することによって解決することを要したことからも明らかである旨主張する。

しかしながら、本件特許請求の範囲には、珪素酸化物薄膜を有するプラスチックフィルム層等の接着固定を要件とすることは記載されていないから、本件登録実用新案は、原告の主張する剥離防止効果を有するものに限られると解することはできない。原告は、接着のための接着層は、本件登録実用新案の構成要件には含まれていないが、接着層が必要であることは当業者には自明なことであり、さらに、本件登録実用新案の容器では、内容物として液体を入れたまま、電子レンジで加熱が可能であることが記載されているが、剥離が生ずるとすれば、加熱した液体を内部に封入することは困難となるから、本件登録実用新案では上記問題点を解決したことが当然の前提となっており、剥離防止の点は本件明細書に記載されているに等しいものである旨主張するが、前者の点については、これらの積層シートにおいて接着層を用いる方法が必須であることが当業者に自明であると認めることはできないし(甲第3号証には、「これら積層体を得る方法としては、接着剤を用いる方法と接着剤を用いずにヒートシールラミネーション、エクトルーションラミネーションなどによる方法に大別される。」(2頁左上欄5行ないし8行)と記載されていることが認められる。)、後者の点については、電子レンジによる加熱により剥離が生じたとしても積層自体が破損しない限り液体を収容できるのであるから、必ずしも加熱した液体を内部に封入することが困難となるものとは認められない。

したがって、原告の上記主張は、採用することができない。

<4>  よって、原告主張の取消事由2は理由がない。

(3)  取消事由1(課題の新規性に基づく進歩性)について

<1>  原告は、本件登録実用新案は、保存用液体紙容器をそのまま電子レンジで照射し、内容物を加熱しようという新規な課題を設定してそれを実現したことに基づき、進歩性が認められるべきである旨主張する。

<2>(a)  しかしながら、現に導電性を有しないガスバリヤ層を採用して、その容器を電磁波の照射による加熱に供することが、米国特許第4393088号明細書(引用例2-1。乙第1号証)に記載されており、このことは従来周知のことであり、同様の点は、特開昭61-242841号(引用例2-2。甲第4号証)にも記載されていること(審決書7頁18行ないし8頁5行)は、当事者間に争いがない。

(b)  さらに、甲第4号証によれば、引用例2-2には、「マイクロ波透過性を有する所要の積層構造からなる多層容器」(特許請求の範囲第1項ないし第3項参照。以下「甲第4号証多層容器」という。)につき、その[問題点]、[用途]及び[実施例]について、次のように記載されていることが認められる。

[問題点]

「金属缶やアルミニウム箔ラミネート品は、金属がマイクロ波を透過しないため電子レンジでのクッキングができず、内容物を陶磁器製の容器に移しかえてからクッキングを行わなければならないという不便さがあった。・・・そこで、マイクロ波を透過するプラスチック容器の方が有利と言えるが、食品の長期保存性にすぐれているエチレン-酢酸ビニル共重合体ケン化物の単独成形物または該共重合体と他の熱可塑性樹脂との積層成形物は、耐水性、耐熱性が必ずしも十分ではないため、電子レンジでのクッキングあるいはレトルト殺菌処理を行うと、容器が変形し、酸素遮断性も低下するというトラブルが発生し、事実上この種の用途には使用しえないという問題点があった。」(1頁右下欄19行ないし2頁左上欄15行)

[用途]

「本発明の多層容器は、食品包装用容器、特にレトルト食品容器、電子レンジによるクッキングが可能な容器として有用である。」(3頁左下欄2行ないし4行)

「レトルト殺菌処理、電子レンジでのクッキングに際しては、食品を充填してあるこの容器を、そのままレトルト殺菌処理、電子レンジクッキングに供すればよい。」(3頁左下欄13行ないし16行)

[実施例]

「次に実施例をあげて、本発明をさらに説明する。・・・なお、測定は次のようにして行った。」(3頁左下欄18行ないし右下欄1行)

「マイクロ波透過性

前述した条件のレンジ加熱下に、水100ccが80℃になるまでの時間。」(3頁右下欄10行ないし12行)

(c)  これらの記載によれば、甲第4号証多層容器が発明された背景には、電子レンジでクッキングするに際して、容器に収容された食品を、電子レンジ加熱可能な他の容器に移し替えることは不便なことであり、その不便さは容器に係る創意工夫により解消されるべきであるとの課題認識があることが認められる。そして、甲第4号証には、甲第4号証多層容器に収容される食品について記載されていないが、実施例においてマイクロ波透過性が容器中の水100ccが80℃に達する時間で評価されていることからすれば、甲第4号証多層容器は、液状物をも収容でき、かつ、当該液状物を収容したまま電子レンジ加熱に供することができるものであると解するのが相当である。そうすると、甲第4号証の発明の背景にある「不便」との課題認識は、内容物の態様が固形物か液状物かにかかわらず、「移し替える」という行為を必要とすること自体が不便であるとするものであると認められる。

<3>  したがって、本件登録実用新案における技術課題は、既に甲第4号証に実質的に開示されているものであり、新規なものとはいえないから、原告主張の取消事由1は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

(4)  取消事由3(特許法153条2項違反)について

<1>  原告は、無効審判請求人である被告は「従来の液体容器」については全く主張していないし、証拠としても実開昭59-150711号マイクロフィルム等を挙げていないから、審決は請求人の申し立てない理由について審理したものである旨主張する。

<2>  しかしながら、甲第9号証によれば、本件の無効審判請求書には、「出願公告当時の明細書を参照するに、本件実用新案の基本的技術思想は、構成要件C記載の液体紙容器において、ポリエチレン層、ポリエチレンテレフタレート層、アルミ箔層、紙層、ポリエチレン層による従来技術に代えて、構成要件Aのように、少なくとも片面に珪素酸化物の薄膜層を有するプラスチックフィルム層を中間に包含する積層体を主体とする積層構成によって、バリヤー性を確保するだけでなく、構成要件Bのように、マイクロ波透過を可能とし、これによって電子レンジ加熱を実現する点に存在する。」(3頁3行ないし10行)とアルミ箔を使用した従来の液体紙容器が記載されていることが認められ(なお、上記従来技術は、前記(1)で認定したとおり、本件明細書の[従来技術]の項にも記載されている。)、この無効審判請求書中の記載によれば、無効審判請求人である被告は、その請求の理由中で、「アルミ箔によるガスバリヤ層を備えた紙パック」(審決書4頁20行ないし5頁1行)を従来技術によるものとして提示し、本件登録実用新案が進歩性を欠き無効であることの理由として主張しているものというべきである。

そして、アルミ箔によるガスバリヤ層を備えた紙パックは、酒パック等の液体容器において従来周知のものであることは、前記のとおり、当事者間に争いがない。

<3>  そうすると、審決は、無効審判請求人の主張していない理由について審理したものではないから、審判手続に実用新案法41条、特許法153条2項に違反する違法がある旨の取消事由3は、理由がない。

3  よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する(平成10年10月22日口頭弁論終結)。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

平成7年審判第19041号

審決

東京都新宿区市谷加賀町一丁目1番1号

請求人 大日本印刷 株式会社

東京都文京区湯島4丁目8番1-402号

代理人弁理士 赤尾直人

東京都台東区上野3丁目16番3号 上野鈴木ビル7階 梓特許事務所

代理人弁理士 内田亘彦

東京都台東区上野3丁目16番3号 上野鈴木ビル7階 梓特許事務所

代理人弁理士 蛭川昌信

東京都台東区台東1丁目5番1号

被請求人 凸版印刷 株式会社

東京都港区南青山一丁目1番1号 新青山ビル西館14階 秋元特許事務所

代理人弁理士 秋元輝雄

上記当事者間の登録第2055319号実用新案「液体紙容器」の登録無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

登録第2055319号実用新案の登録を無効とする。

審判費用は、被請求人の負担とする。

理由

本審判請求に係る実用新案登録は、昭和61年11月28日の実用新案登録出願(実願昭61-183487号)について、平成5年7月20日の出願公告(実公平5-28190号)を経て、平成7年3月20日に登録されたものである。

これに対して、本審判請求人、大日木印刷株式会社は、本件登録実用新案は、本件の出願の出願前に頒布された刊行物に記載された考案に基づいて、本件の出願の出願前に、当業者がきわめて容易に考案することができたものであり、したがって、本件実用新案登録は、実用新案法第3条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法37条第1項の規定する実用新案登録であって、無効にすべきものである旨主張する。

そして、本請求人は、証拠方法として米国特許第4393088号明細書(甲第1号証)、「新版複合フィルムのすべて」(昭和61年7月25日、株式会社パッケージング社発行、甲第3号証)、特開昭57-42493号公報(甲第5号証)、特開昭59-62143号号公報(甲第6号証)、特公昭59-38889号公報(甲第7号証)等を提出して、本件登録実用新案はこれらの刊行物に記載され考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案することができたものであることの理由を詳細に述べている。

これに対して、被請求人は平成7年12月28日の答弁書において、請求人の上記理由は証拠方法に記載された事実を誤認し、この誤認に基づく理由であるから当たらない旨、詳細に反論している。

以上の請求人の主張、被請求人の反論を勘案しつつ、本審判請求はの理由の有無について判断する。

1. 本件登録実用新案の要旨

本件登録実用新案の要旨は本件明細書および図面の記載からみて、その実用新案登録請求の範囲に記載した次のとおりと認められる。

「プラスチックフィルム層/少なくとも片面に珪素酸化物の薄膜層を有するプラスチックフィルム層/紙層/プラスチックフィルム層の積層体を主体とする積層構成のマイクロ波を透過するブランクシートより製函してなることを特徴とする液体紙容器。」

ところで、本件明細書の記載によると、本件登録実用新案は、アルミ箔によるガスバリヤ層を備えた紙パック(第2図に示すもの)を前提とし、この紙パックについて、これはアルミ箔によるガスバリヤ層のためにマイクロ波による加熱が不可能であるとの認識の下、これを電子レンジで直接加熱できるようにすることを解決課題とし、「ブランクシート中にアルミ箔等のマイクロ波を遮蔽する物質を用いていないので、マイクロ波は容器を透過して内容物に達する。また、ブランクシート中に珪素酸化物の薄膜層を設けているのでアルミ箔を用いた従来の液体容器と同等のバリヤーを有する。」という作用・効果を奏するものである(明細書の〔作用〕の項参照)ことが明らかである。そして、前提となった上記のアルミ箔によるガスバリヤ層を備えた紙パックは、酒パック等の液体容器において従来周知のものである(例えば実開昭59-150711号マイクロフィルム、特開昭60-2436号公報、実開昭61-132223号マイクロフィルム参照。以下これを「従来の液体容器」という)から、本件登録実用新案は、要するに、従来の液体容器における、プラスチックフィルムに積層したアルミ箔によるガスバリヤ層を、プラスチックフィルムに積層した珪素酸化物の薄膜層に換え、これによって、ガスバリヤ性を保持しつつ、マイクロ波の透過を許容してマイクロ波による加熱を可能にしたことを、その技術的本質とするものであるいうことができる。

そして、本件登録実用新案は従来の液体容器に対して、そのアルミ箔のガスバリヤ層を、プラスチックフィルムに溶着させた珪素酸化物の薄膜層に変更した点において相違し、その余の点においては一致しているものと認められる。

2. 特開昭59-62143号公報に記載された考案

本請求人が証拠方法として提出した特開昭59-62143号公報(以下これを「引用例1」という)に、レトルト食品包装用積層シートについて、プラスチックフィルムに酸化珪素を蒸着ないしはスパッタリングして積層したものを食品包装用積層シートに介在させることによって、当該積層シートのガスバリア性を向上させられることが記載されている。

3. 相違点についての考察

引用例1には、液体包装箱にこれを適用するときも効果的である旨の特段の記載はないが、ハイレトルトに相当する条件下でもきわめて高いガスバリヤ性を有することが記載されており(第3頁上段左欄「本発明における一酸化ケイ素を蒸着もしくはスパッタリングして得られる簿膜(B)は、・・・・ハイレトルトに相当するガスバリヤ性を示す。」の記載参照)、また、特に液体包装紙箱の酸素バリヤ層として適川し得るものではないと解すべき特段の技術的な理山も見出だせない。

したがって、従来の液体容器のプラスチックフィルムに積層したアルミ箔によるガスバリヤ層に換えて、プラスチックフィルムに積層した酸化ケイ素の蒸着層(またはスパッタリング層、以下同じ)を採用すること自体は、引用例1に記載された考案に基づいて当業者が容易に思考・想到し得たことであるということができる。

ところで、各種のレトルト食品包装容器において、十分なガスバリヤ性を確保するためにアルミ箔をカスバリヤ層として積層したものは、例示するまでもなく従来周知であり、この種のものは、アルミ箔が導電性を有するために電磁波の照射による加熱に供するには不向きであることは、当業者の常識である。このことから、アルミ箔に換えて、導電性を有しない他のガスバリヤ層を採用するときは、その容器を電磁波の照射に供し得ることは理の当然であって自明のことである。また、現に導電性を有しないガスバリヤ層を採用して、その容器を電磁波の照射による加熱に供することが、同証拠方法として提出された米国特許第4393088号明細書に記載されており、このことは従来周知のことである(外に必要なら、昭和61年10月29日に頒布された実開昭61-242841号マイクロフィルム参照。以下これらを「引用例2」という)。

したがって、従来の液体容器について、そのガスバリヤ層として、プラスチックフィルムに酸化珪素を蒸着ないしはスパッタリング溶着したものを用いるときは、その容器を電磁照射による加熱に供し得ることは、従来の液体容器が電磁波による加熱に供するには適しない理由、あるいは引用例2に記載された考案を参酌することによって、当業者がきわめて容易に予想し得たことであると言うことができる。

さらに、従来の液体容器のガスバリヤ層を引用例1に記載された包装シートのガスバリヤ層(酸化ケイ素をプラスチックフィルムに蒸着ないしスパッタリング溶着したもの)に変更するについて、本件登録実用新案は特段の技術的工夫を講じたものであるとも言えない。

それゆえ、上記相違点は、引用例1に記載された考案に基づき、引用例2に記載された事項等の前記周知事項を参酌することによって当業者がきわめて容易に変更し得たところであるということができる。

4. まとめ

以上のとおりであるから、本件登録実用新案は、ガスバリヤ層を備えた、周知の従来の液体容器を前提技術として、引用例1に記載された考案に基づき、引用例2に記載された事項等の前記周知事項を参酌することによって、本件の出願の出願前に当業者がきわめて容易に考案することができたものであるという外はない。

それゆえ、本件実用新案登録は、実用新案法第3条第2項の規定に違反してなされたものであり、実用新案法第37条第1項1号に規定する実用新案登録に当たる。

よって、結論のとおり審決する。

平成8年5月21日

審判長特許庁審判官

特許庁審判官

特許庁審判官

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